école crème et métier blog
  • midori kato

味をみると引き出されてくるもの

高知で3年間開校していたエコール・クレーム・エ・メティエの生徒さんたちと、ときどきオンラインお茶会をやっています。先日、参加してくださった生徒さんのおひとりから、「大丸デパートで催事やったときみたいな、みどりさんが作った、ヴェリーヌの組み合わせを教えてほしいんです」と言われました。


ヴェリーヌとは、もともとガラスの容器のことで、ゼリー、ババロワ、ムースが入ったカップデザートのことをさします。


以前、高知の大丸デパートで、卒業制作展をやらせていただいたとき、もうちょっとなんか欲しいね、と、私がちょこっと作ったのが、このヴェリーヌだったのです。


ヴェリーヌの組み合わせ。これは考えたら、いくらでもあります。


photo/Junichi Harano

たとえば、イチゴでイメージすると、真っ赤なイチゴのゼリーを作り、その上に王道のイチゴのムースを作って、イチゴの邪魔をしないように、生クリームを泡立てて、クレームシャンティを上から絞ってパフェっぽくするとか、はたまた、ちょっとイチゴとは異質な、でもきっと組み合わせたら合いそうな、ミントの爽やかな風味のババロワを合わせて、上から真っ赤なイチゴジュレをかけたものとか……。


アイデアの数だけ、組み合わせは生まれるものなので、ちょっと考えていると、ヴェリーヌの組み合わせを知りたいと言った生徒さんが、「私、みどりさんの頭のなかが知りたいんです」と言われ、びっくり。


頭のなか? 私ってお菓子を作るとき、なにを考えているんだろう? と、リモートお茶会が終わったあと、しばらくそれについて、考えてみました。


「詩の最初の一行は神様がくれたもの」と言ったのは、吉本隆明だったと思うのですが、それとちょっと似ている気がします。私ごときが、吉本先生の言葉と一緒にするなんて、恐れ多いですが。


これとこれ、組み合わせたらどうよ? とか、これをこうしていったら、どんな味になる? とか、自分のなかで小さなひらめきが生まれたら、とりあえず形にしないと、なにをしていても、頭のどこかで、小さな自分がホイッパーを握って、ねえ、早くお菓子作ろうよーと、ずっと誘い続けている感じがします。


なんかこれ、美味しそうとか、なんかこれおもしろそう、これを入れたらどうなる? とか、単純な発想から、それを実際に形にしていくのは、本当に楽しい時間です。


そして、そのちょっとした試行錯誤のあと、新しく生まれたお菓子の味をみます。「みる」というのはもちろん、甘いとか酸っぱいとか苦いとかいう、具体的な味をみる部分が大きいですが、時折、お菓子を食べて、引き出されてくるものがあります。


「美味しい」のなかには、食べてうれしい楽しいという、直接的な表現ばかりではなく、もうちょっと踏み込んだもの、生まれてから今まで、積み重ねてき膨大な記憶のなかから、引っ張り出されてくるものが、時々あります。


言うなれば古いアルバムのようなもの、でしょうか。


カップケーキを試作して食べたら、小さいころ、落ち葉を集めて、祖母と一緒に焚火をした冬の日を思い出したり、お茶を使ったババロワを食べたら、新緑のなか、友達とあてもなく歩いた高校時代のことが甦ったり。引っ張り出された記憶とともに、そのとき感じていた感情が、はっきりと自分のなかに浮かんでくることがあります。


イルプルーのフランス菓子でも、同じような経験がたくさんあるので、自分で試作したものとは限らないのですが。


あくまでもこれは、マ・ファッソン、私のやり方なので、みなさんはみなさんで千差万別だと思いますが、「味をみる、味わう」ということ、考えてみると、とてもおもしろいですよね。

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